◎チャット中に産まれたコラボです。
皆でこんなシチュエーションいいよねーという会話をしながら私が書いた落書きを見て、その場で橘さんがSSをアップ。お互い触発され合った一品ということで、頂いて参りました。
イメージを限定してしまうようなイラストは、本当は後ろに置くべきかとも思ったのですが、チャットの臨場感を考えて(笑)製作順で並べさせて頂きました。



源泉タオル


悪戯な光

橘加代子様





 風呂から上がり、台所へ直行して、冷蔵庫から水を取り出した。
 行儀悪く足でドアを閉め、踵を返してリビングへと入る。ソファで新聞を広げていた男がチラリと視線を上げ、新聞を折りたたんだ。
「ちょっと温いかも」
「ん、判った」
 頷いた源泉が立ち上がり、すれ違い様、アキラの腰を叩いていく。
「オッサン!」
「ちゃんと乾かせよー」
「ドライヤーが壊れてるんだよ」
「え、朝使えただろ?」
 驚いたように立ち止まり、振り返るのをソファに座りながら見遣った。
「知らない。使えなくなってた」
「なんだそら」
「だから知らないって言ってるだろ」
 言いながらペットボトルの蓋を開け、水を喉に流し込む。仰のいた拍子に頭にかけていたタオルがずり落ちてしまった。まだしっかりと水分を含んでいる髪から、水滴が滴り落ちてくる。顔をしかめてタオルを取り、髪をガシガシと拭っている間に、源泉は風呂へと入ったようだった。
 物音一つしない部屋。源泉がシャワーを使い始めたらしい。水音の底を、違う音が流れていた。遠くから鈴虫の音が聞こえてくる。肌寒くなってきたので、ドライヤーが壊れたのは痛手だ。余計な出費がかかる。そんなことを思い、アキラはすっかりと「生活」が見についてしまっている自分に苦笑した。
 
 源泉と暮らすようになって、食事の支度やら洗濯やら、一人で暮らしていた時ともまた勝手の違う事を色々と学んだ。
 どうでもいいと思っていた日常。
 全てをあの、灰色の空に覆われた街で覆された。
 日常こそが大切なのだと。
 源泉と住まい、朝起きて、夜寝て、食事を取って、風呂を浴びて、―――生活を送る。
 時間を重ねる。
 続けていくという事は、こんなにも様々な事柄が必要なのか。決して何一つ無駄なことなどない。交わされる言葉も、沈黙でさえも。日常だからこそ、ありふれて見えるからこそ、貴重なのだと。
 アキラは源泉と共に暮らすようになって、初めて知ったのだ。
 ソファに背を預け、男が畳んでいた新聞を手に取った。手にインクの後がつくそれは、荒い紙に刷られていて、時折文字が飛んでいたりもする。少しばかり活字中毒の気がある男は、ぶつくさと文句を言いながらも、必ず目を通すようにしていた。どこへ引っ越しても、だ。
 ばさばさと音を立てて新聞を広げる。テーブルの上で平らにして体を乗り出して覗き込んでみた。
 源泉はこの紙に何を求めているのだろう。専門知識から、そうでもないものから。男は驚くほどに知識を溜め込んで……、それでも足りないと常に希求している。いつもいつも、先を行ってしまうから、追いつきたい自分は必死になって駆け続けなければならないのだ。
 もっとも。
 源泉はアキラがこんな事を考えているなどと露にも思っていないだろう。
 それで良いとも思う。たぶん、自分は男が思っている以上に、……その、彼についていきたいと思っているのだ。正直に思慕を訴えるつもりはないし、できる日など来ないと自覚もしているが。
 アキラはチラリと苦い笑みを零し、再び水を飲んでから、新聞へと目を落とした。


「あーあったまったー」
 暢気な声を上げ、男が洗面所から出てくる気配がした。慌てて顔を上げ、広げていた新聞を折りたたむ。何時の間にか夢中になって読んでしまっていた。新聞を読んでいるところなど見せた事はない。知られたら何だかからかわれそうな気がして、折りたたんだ新聞の上へ足を投げ出した。くしゃりと潰れた音が立つと同時、男が台所へ姿を現す。
 下半身だけパジャマに身を包み、言葉通り暑いのか、上は身につけていない。髪も当然乾いておらず、肩にさげたタオルで髪をわしゃわしゃと拭っていた。なめらかな背中を見つめ、浮かびあがった傷跡に、髪から滴った水滴が流れていくのを見守る。
 背中を向けて冷蔵庫を覗き込み、「あれ」と声を上げている。どうやらアキラと同じく水を飲もうとしていたようだ。
 その声に意識を取り戻し、アキラはテーブルに置いていた飲みかけのペットボトルを手に取った。
 立ち上がりながら声をかける。
「オッサン」
 水なら、これ。
 続けかけた言葉は音にならなかった。

 振り向き様。
 男がタオルで口元を拭っていた。
 濡れた前髪が額に張り付いている。
 その前髪の狭間から。

 光の影の悪戯。

 頭では判っているのに、射竦められたように身動き一つ取れなかった。
 源泉の目。
 鋭く光る―――光。
 傭兵をしていたこともあると、納得できてしまうほどの強さ。眼光に気圧されて、言葉を呑む。
 見惚れる。
「ん? なんだ、どうした、アキラ?」
 身体ごと振り向いた男が不思議そうな声を上げるのに、瞬きを繰り返してから、緩く頭を振った。
 つかつかと歩み寄り、手にしていたボトルを突きつける。
「おー。良いのか?」
「ん」
 頷いてとっとと踵を返して、アキラは自分もかけていたタオルで赤くなってしまっているであろう耳を隠すため、乱暴に髪を拭ったのであった。




                            

<2005.10.09:UP---ILLUST/春野こたつ>




橘さんの書かれるさりげない日常の空気感が大好きです。
きっとなにげない源泉の仕草ひとつひとつに、時々見蕩れてるアキラさんがいると思います。なんだかんだいって2人ともめろめろ同士だから〜v
どうもありがとうございましたー!




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